ハロン線・標準軌路線で活躍する古参の客車たち
[2012年3月]
世界遺産の景勝地として名高いハロン (Hạ Long) 湾の近くにも、ハロン線 (正式名: ケップ-カイラン鉄道 Đường sắt Kép-Cái Lân) という鉄道路線が通じています。メーターゲージが主体のベトナム鉄道において、全区間が標準軌という特異な存在で、旅客列車は一日一往復だけ運行されています。この路線を通ってハノイからハロンまでを結んでいるこの旅客列車、所要時間が片道8時間近くも掛かるため観光利用は見込めず、また他路線のメーターゲージ車両との互換性がないこともあって、客車の更新はほとんど放置され、かなり古参の客車が今でも活躍しています。
ハロン行きの列車は、ハノイの街外れにあるイエンヴィエン (Yên Viên) 駅から発着。この駅から途中のケップまではドンダン (Đồng Đăng) 線の三線軌条区間を走り、ケップから標準軌のハロン線に入ります。ドンダン線の三線軌条区間はハノイ中心部に近いザーラム (Gia Lâm) 駅まで通じていますが、ハロン行き列車の発着は何故かこの駅からとなっています。この駅へは、ハノイ中心部からタクシーで約20分、料金は200,000ドン (約800円) ほどかかります。
列車の発車時刻は、早朝の4:40。この日はハノイ駅近くのホテルを3:30にチェックアウトしてやってきました。ハロン行き列車に乗るのは楽ではありません。早朝にもかかわらず、元気な子どもは待合室で飛び跳ねてます。窓口で切符を買って、改札が開くのを待ちます。切符は常備券で、座席指定はありません。
改札が開き、列車が待つプラットホームへ。しかし、構内にも列車にもほとんど明かりが無く、どの車両に乗ればよいのかわかりません。他の乗客についていきます。
客車に乗り込むと、車内の明かりは電球が一つだけ。足元もよく見えません。車両の古臭さも相まって、雰囲気はまるでお化け屋敷。木張りの床に、木製のシートが通路を挟んで2人掛けと3人掛けで並んでいます。適当な場所の椅子に、手探りで異物が載って無いことを確認して座ります。乗客は20人くらいでしょうか。
列車は、イエンヴィエン駅を静かに発車します。この暗すぎる車内、走り始めたら電源が通じて明るくなるのかとも思いましたが、依然として電球一個のまま。周囲や足元がろくに見えないので、恐ろしくてトイレにも行けません。
出発から2時間くらいたって、ようやく辺りも明るくなり、トイレにも行けるようになります。電球は、天井の扇風機から吊るしてあっただけのようで、頃合をみて車掌が回収していきます。車内を見渡すと、あいている3人掛けに寝転がっている人が多数。私も真似してみますが、硬い木の椅子の上では思ったほど快適ではなく、すぐにやめます。
分岐駅ケップの一つ手前の、フォーチャン (Phố Tráng) 駅に停車。しばらく停車するようなので、降りて客車の様子を観察してみます。列車は前から、丸屋根の荷物車と客車が1両ずつ、その後ろにはオープンデッキの客車が数両。ハロン線の開業は1950年代とのことですが、使用されている車両はいずれも路線の歴史より古そうです。
イエンヴィエンを出発して約2時間半、分岐駅ケップに到着。ここまでほぼ定刻の順調な旅です。ここで方向転換のため30分ほど停車します。牽引機は、中国製の標準軌用大型ディーゼル機関車、D14E形。
このD14E機関車、前後で顔が大きく異なっているのが特徴で、一つ前の写真では両運転台型と思わせておきながら、反対側から見ると実はエンドキャブ式という、「同じ機関車か?」と疑ってしまう外観です。弧を描いて書かれた「ĐSVN (ドゥオン・サット・ヴィエット・ナム Đường Sắt Việt Nam = ベトナム鉄道)」の文字も、どこかしら社会主義国的な雰囲気を漂わせています。
隣には貨物列車が停車中。牽引機は、標準軌用の最新鋭機D19Er形ディーゼル機関車です。ベトナムの標準機用機関車は大型車の割合が多いように思われますが、それだけ中国との間の貨物輸送が需要旺盛ということなのでしょう。
機関車の付け替えが終わらないうちに、客車の様子を観察。まずはケップ方から1両目の荷物車、HL71001号。妻面に向かってカーブした丸屋根と、リベット留めの車体が目に付きます。旧南満州鉄道のスタイルとのことで、この車両もその辺りから流れてきたとの話。車齢は70年以上ということになります。一方で塗装は比較的新しく、古い車両を何とか大事に使っていこうという雰囲気は伝わります。
HL71001にかかるサボ。トア (toa、車両)、ハインリー (hành lý、荷物) - セーダップ (xe đạp、自転車)、とあります。見たままの荷物車のようです。
乗車日が日曜だったことも影響しているのか、荷物車は開店休業状態。
2両目はハードシートの一般客車B41001号。このハロン行きの列車は6両の客車を連結していますが、一般客が乗車できるのは、この1両のみです。丸屋根とリベット留め車体は1両目のHL71001と同じ「旧南満州鉄道スタイル」。なお今回は連結されていませんが、B形の客車にはもう1両、同様な外観を持つB41002号も存在します。
B41001のサボ。ハインカイック (hành khách、乗客) とハインリーゴンニェ (hành lý gọn nhẹ、手荷物) 用の車両との記載。
イエンヴィエン発車時は暗くて見えなかった車内ですが、実際にはこのような感じ。床面や壁に木が多用されており、時代の古さを物語っていますが、その割には、意外ときれいに保たれているという印象も受けます。2-3列の座席は、2人掛け席の幅はあまりに狭すぎ、3人掛け席に2人座るくらいで丁度よい程度。ただし、幸にもあまり乗客はいないので、窮屈な思いをすることもありません。
残りの4両は、いずれも車番がCから始まる車両で、オープンデッキ構造というのも共通しています。丸屋根、リベット留めの前2両よりは幾分新しいのかも知れませんが、こちらもかなりの年代物です。C形車の1両目はC51002号。車内には座席も設置されていません。
続いてはC51001号。ひとつ前の車両とは続番ですが、外観はかなり異なります。車体中央に荷物用扉も設置されており、車番は旅客用車両を示しながらも完全に荷物専用車の扱いです。
5両目のC51005号。ちなみに、ベトナム鉄道に在籍する標準軌客車はたったの8両。各種情報を突き合わせると、8両の内訳は、HL形 (荷物車) が1両、B形 (ハードシート車) が2両、C形 (木製ロングシートまたは無座席車) が5両ということになります。1両しかないHL形の予備車は、一つ前に紹介した中央扉付きのC51001を代用しているでしょうか。あくまで想像ですが。
C形車にかかるサボ。チョーハンホア (chở hàng hóa、市場の商品) 用の車両とあり、いわば行商人の専用車。一般客用の車両が1両しかない一方で、行商人用車両は4両も連結されています。この列車の性格も、あくまで行商人が主役で、一般客はおまけだと言う事のようです。
最後尾 (といってもこれからこの車両が一番前になりますが) は、C51004号。見たところ、C51002とほぼ同型車のようで、妻面の扉形状、オープンデッキのステップ形状など、細かいところの造作も一致しています。車内にシートが設置されていないところもC51002と同様です。なお他のC形2両については、車内の確認を失念。
C形車 (C51002) の車内。「行商人車両」の内部もそれほど混み合ってないようです。
列車は、ほぼ各駅に停車しながら、のんびりハロンを目指します。車窓のほとんどはのどかな田園風景で、時折、ハロン湾を思わせる石灰岩地形が遠くに見える箇所もあります。途中駅での乗降は意外と多く、結構な頻度で乗客が入れ替わります。それでも、立ち席が出るほどではありません。絶妙な座席数の需給バランスが保たれています。
ウオンビー (Uông Bí) 駅付近を走行中、突如として列車が一旦停止することがあります。写真には撮り損ねましたが、ハロン線と平面交差するメーターゲージの路線を通過するためです。そのメーターゲージの線路が伸びていく先には、ウオンビー火力発電所が見えます。メーターゲージの線路は、発電所への燃料 (恐らく石炭) の運搬にも関わっている可能性がありそうです。
最後の停車駅のイエンクー (Yên Cư) 駅。ハロンまではあと一駅です。
イエンヴィエンから約7時間半、終点ハロンにはほぼ定刻に到着。以前はホーム上に駅舎もありましたが、現在は撤去され、ホームだけの簡素な駅になってます。列車到着と同時に大勢の人が一斉に群がり、列車から荷物を降ろしていきます。「行商列車」の象徴的な風景です。
牽引機はすぐに切り離されますが、機回しするでもなく、駅の片隅で乗務員とともに休憩中。折り返しは約1時間後です。
ハロン駅の停車線の脇には、更に先に伸びる新しい線路があります。路線名の由来ともなっているカイラン港まで延伸される計画で、すでに路盤はほぼ完成、試運転列車の運行も行われているとのこと。メーターゲージとの三線軌条で敷設されていますが、これは将来的なハロン線改軌の布石なのでしょうか。
同じ列車にまた8時間乗ってハノイに引き返すのも面倒なので、ここは横着してバスでハイフォン (Hải Phòng) に抜け、ハイフォンから飛行機でホーチミンシティに帰ることにします。ハロン駅は街の中心部から外れた場所にあり、あまり利便性はよくないのですが、バイチャイ (Bãi Cháy) のバスターミナルが真裏にあり (徒歩5分以内)、交通だけは至便。世界遺産のハロン湾は無視して、潔くハロンを去ります。