海外各地の旅行先で出会った鉄道風景を紹介します。日本国内の話題も時々。

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ヴァドゥル=シレト ~ チェルニウツィ : 国境近くをゆくローカル客車列車

[2019年5月]

ルーマニアと国境を接するヴァドゥル=シレト (Vadul-Siret) からローカル列車に乗って、ウクライナ西部の都市、チェルニウツィ (Chernivtsi) を目指します。

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ヴァドゥル=シレト駅。田舎の集落に忽然と現れたという風情の大きなな駅舎です。


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駅舎内も広々としています。他に待ち客は誰もおらず、閑散としています。


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発着する列車は、国内のローカル列車が一日2.5往復と、ルーマニアのブカレスト行きとスチャヴァ (Suceava) 行きの国際列車がそれぞれ毎日1往復ずつ。ブカレスト発着の列車には週一日だけキーウへ直通する客車が連結されます。またスチャヴァ発着の列車には、ベラルーシのミンスクからウクライナとルーマニアを抜けてブルガリアのヴァルナ (Varna) まで直通する客車が、月に5日ほど連結されます。


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銀行と郵便の窓口。両方とも営業している気配はなく、通貨の両替なども出来なさそうです。長距離の国際列車が発着する時などは営業しているのかもしれません。


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駅周辺を散策してみます。民家が少しだけ立ち並んでいる他は、商店なども特に見当たらず、住人にも全く出会いません。


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近くの踏切から駅の方角を眺めたところ。構内はかなり広大ですが、列車本数が少ないため、活気は全くありません。遠くに見える駅のホームに、ここまで乗ってきたルーマニアからの国際列車が停まっています。


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チェルニウツィ行きの列車が到着。旧チェコスロバキア・ČKD製のChME3型ディーゼル機関車が牽引する客車列車2両編成です。機関車の運転士に「チェルニウツィ行き?」と念のため確認して乗車します。


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発車まで少々時間があるので列車の周りをうろついていると、先ほどの運転士が話しかけてきて、なんと運転台に入れてもらうことができました。大型の車体だけあって、室内のスペースには想像以上に余裕があります。イタリア系ウクライナ人という若く気さくな運転士は、ウクライナ語とロシア語とイタリア語は話せるけど、英語は少しだけとか。お互い片言でしばし談笑します。


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前面の見通しは今一つ。そこは外観からの印象通りという感じです。


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2両の客車は、いずれも三等の座席車。


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1両目の車内。木製のボックスシートが並びます。見たところ3人掛けと2人掛けという感じですが、それにしては横幅が少々狭く、また背もたれもかなり小さめで、居住性は推して知るべしといったところ。当初はほぼ無人だった車内にも、発車時刻が近づくと少しずつ客が増えてきて、総勢で10人ほどになります。


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2両目の車内。乗客が少なく、座席形状も変わっていて面白いので、こちらの車両に乗ることにします。


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ヴァドゥル=シレトの駅には台車交換設備があります。同様の設備はルーマニア側の国境駅であるヴィクシャニ (Vicșani) にもありますが、旅客列車については基本的にウクライナ側で台車交換が行われるようです。


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窓を開けて、風にあたりながら列車の旅を楽しみます。窓は一段下降式で、風にあたろうとすると立ったままの姿勢になります。機関車の煤煙が結構多く、時々むせます。


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列車は10分置きくらいに各駅に停車していきます。多くは無人駅で、中には以前駅舎だったと思しき廃墟が残っている駅も。一日の運行本数が2往復程度の閑散区間ながら、途中駅での乗降はそこそこあり、沿線住民の貴重な足になっていることが伺えます。


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有人駅も時々。


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ヴァドゥル=シレトを出発して、およそ1時間半ほどで終点のチェルニウツィに到着。途中の区間では少々遅れている感じもありましたが、最後は定刻の到着です。運転台に招待してくれた運転士に挨拶をして、列車を後にします。


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時刻は夜の7時で、日もだいぶ傾いています。ホームで発車を待つ長距離列車にも綺麗な夕日が当たっています。


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チェルニウツィは世界遺産の街として知られており、その玄関口である駅舎にも格調があります。駅前の道路は石畳で、トロリーバスも走っています。


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駅舎内部。高い天井からはシャンデリアも下がっています。ただしスペースとしは少々狭く、長距離列車の発車前などは結構混雑します。


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駅舎には簡易宿泊施設も併設されています。ちょっと興味あるところですが、ウクライナ語かロシア語ができる人でないと利用するのは少々厳しいかもしれません。


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この街には1967年まで路面電車が走っていました。駅の斜め向かいあたりには、古い路面電車が展示されています。今は全て廃線になっています。


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