屋久島・雨のトロッコ道「安房森林軌道」をゆく
[2010年6月]
屋久島のシンボルとして、毎年多数の観光客が訪れる「縄文杉」。縄文杉を訪れるには、片道約11 kmの長い道程を、4~5時間かけて登って行きますが、その行程のうち約8割の区間は、通称「トロッコ道」と呼ばれる、森林鉄道の線路を歩いていきます。この森林鉄道は正式名称を「安房森林軌道」といい、日本で最後の現役の森林鉄道としても知られています。他の多くの森林鉄道と同様、元来は木材を運ぶための林業用の鉄道でしたが、現在は電力用ダムの保全や、古い切り株の運搬の他、負傷した登山客やトイレの汚物運搬用途として使用されています。
登山道の基点となる「荒川登山口」。安房森林鉄道の基地が置かれています。この日は運悪く梅雨入り初日にかかってしまい、生憎の空模様となりましたが、朝方はまだ小雨で、大勢の人が登山を予定通り決行。我々も雨具完全装備で登山の準備をします。
基地の片隅には、車両を格納する東屋があり、ディーゼル機関車と貨車が留置されています。写真がブレ気味なのは、悪天候を見越して、壊れても良い古いカメラ (手ぶれ補正機能なし) を持っていったため。根が貧乏性なので、仕方がありません。
東屋内のディーゼル機関車の近影。未だ現役で活躍しているようです。運がよければ、登山の途中で走行シーンに出くわすこともあるとのですが、この日は1月に発生した土砂崩れのため一部区間が不通となっており、当然ながら列車は全面運休です。早期の復旧を願うばかり…と思っていたら、なんと訪問のわずか数日後に復旧作業が完了したとのこと。復旧は喜ばしいことではありますが、やはり残念な話です。
時刻は午前6時30分。荒川登山口を後にし、いよいよ縄文杉に向けて出発します。
ほどなく最初の分岐点、荒川分岐点に差し掛かります。写真向かって手前側が登山口、左手側が縄文杉方面で、荒川の基地から縄文杉方面へは、ここで一旦方向転換をする必要があります。一方、奥に向かって伸びているのは、屋久島電工がダムの維持管理等のため運行している区間で、麓の集落・安房の町外れまで伸びています。なお、登山に関係のない区間の線路には、全て立ち入りが禁止されています。
行程の途中には、このような鉄橋を渡る区間がいくつもあります。写真の橋は比較的安心して渡れそうな雰囲気ですが、中には踏み板が狭く、柵も設けられていない橋もあり、渡る際には恐怖を感じます。
トロッコ道は一見歩きやすそうに見えますが、実際には枕木と歩幅が合わず、ややストレスを感じながらの行程となります。しかし、正面を見ながら歩いていけば、ちょっとした「前面展望」をしているような気分も味わえる…かも知れません。
途中、前述の土砂崩れ区間を迂回し、出発から55分後、小杉谷の分岐点に到着。近くには、林業が盛んだった頃に置かれていた集落の跡地があります。ここで石塚線 (写真左) と小杉谷線 (同右) に線路が分かれます。縄文杉方面は右側の小杉谷線で、前述のように負傷した登山客やトイレの汚物運搬用途として使用されています。一方の左側の石塚線は、森林管理署の委託を受けた愛林という会社が運行している区間ですが、分岐点からわずか100mほど先で、こちらも土砂崩れのため不通となっているとのこと。やはり立ち入り禁止区間のため、深追いはやめて登山を続けます。
小杉谷の分岐点から先は、線路の真ん中に踏み板が設置されており、格段に歩きやすくなります。踏み板設置区間は、山頂側 (大株歩道入口) から麓側 (荒川登山口) へ向かって徐々に延長されているようです。
出発から約1時間半、白谷雲水峡方面への登山口と分岐する「楠川分れ」の少し先に、右手に分かれていく支線があります。ここも立ち入り禁止です。
更に歩くこと50分、そろそろトロッコ道区間も終わりが近づいてきた頃、デルタ線に出くわします。一見、右手に更に支線があるように見えますが、ポイントの先は車両1両分ほどで行き止まりになっており、単なる方向転換用の設備であることが分かります。
出発から2時間40分後、トロッコ道区間の終点、大株歩道入口に到着。登山道は川の手前で分かれていますが、線路は更に橋を渡り、トイレの前まで伸びています。
山奥には不釣合いとも思える立派なトイレ。線路はこのトイレに押しつぶされた形で突如として終わっています。汚物運搬列車はこのあたりまで入線して作業を行うようです。
トイレの裏手に入ってみると、使われていない東屋があって、その先にも線路が延びていたことが分かります。使われなくなってから大分年月が経っており、レールも枕木もかなり失われているようです。
線路は終わってしまいましたが、登山はまだ続きます。距離的には行程の8割程度まで来ましたが、時間的にはまだ中間地点。更にこれから2 kmあまりの区間を2時間かけ、険しい登山道を登っていかなければなりません。個人的にはすでに目的は達成したようなものですが、ここで引き返すわけにも行かないので、登山を続けます。
ちゃんと縄文杉も見てきましたよ、という証拠写真。出発からの所要時間は約4時間半でした。
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朝から降っていた雨は、午後には次第に強くなる一方。帰り道、トロッコ道はレールとレールの間が水であふれて川のようになり、靴の中は水浸し。登山道の脇を流れる沢は濁流と化し、欄干のない橋を渡る際は、誰もが「落ちたら確実に死ぬな…」と考えながら渡ったことでしょう。「ひと月に35日雨が降る」と言われ、「雨の日こそ屋久島らしい」と考える向きもあるようですが、素人登山家にとっては、雨の日の登山はやはり苦行でした…。