アルヘシラス ~ マドリード : 軌間可変の客車特急「アルタリア」
[2017年5月]
スペインでは標準軌の高速線と広軌の在来線とを直通する軌間可変列車が数多く運行されています。その一つである「アルタリア (Altaria)」は、タルゴ客車を使用した機関車牽引型の特急列車です。近年は電車タイプの120系やプッシュプルタイプの130系による軌間可変特急「アルビア (Alvia)」への置き換えが進み、アルタリアは風前の灯となっています。今回はまだアルタリアとしての運行が続けられている、スペイン南部のアルヘシラス (Algeciras) からマドリードまでの列車に乗車します。
モロッコのタンジェ (Tanger) 行き国際フェリーも発着する海の玄関口、アルヘシラス。アルヘシラス駅はスペイン最南端に位置する小さな駅です。長距離列車 (ラルガ・ディスタンシア Larga Distancia) のマドリード行きのアルタリアが一日二往復、中距離列車 (メディア・ディスタンシア Media Distancia) のグラナダ (Granada) 行き急行列車「MD」が一日三往復、それぞれ設定されています。
アルヘシラス駅のホームは2面4線。中距離列車と長距離列車とで一面ずつ分け合って使用しています。中距離列車用ホームには改札口がなく出入りは自由ですが、長距離列車用は列車別改札のため立ち入ることができません。
アルタリアの乗車には、AVEと同じく乗車前の手荷物検査があります。改札開始までしばらく待ちます。発車時刻は15:03です。
発車15分前くらいで改札開始。ホームに入ります。マドリード行きアルタリア9331列車です。客車は「タルゴVI」と呼ばれる形式で、登場時は「タルゴ200」とも呼ばれていました。以前は車体に「Altaria」のロゴが入れられていましたが、運用の都合からか、現在は消されているようです。同じタルゴ客車の列車でも、高速線を通らない場合は列車名も「タルゴ」となります。
牽引機はドイツのフォスロ (Vossloh) 製「ユーロ3000」シリーズの334型ディーゼル機関車。最高速度は200 km/hです。
列車はこの先、アンテケーラ=サンタ・アナ (Antequera-Santa Ana) まで在来線を走り、そこから先は高速線に入ります。在来線区間は単線非電化です。
ホームに面する旧駅舎。史跡として保存されています。
隣のホームに停車しているのは、グラナダ行き急行列車MDの599型気動車。アルタリアの出発の約30分後、15:30に発車予定です。この日のアルヘシラス発の最終列車です。
アルタリアの客車は、電源車1両、一等車「プレフェレンテ (Preferente)」2両、カフェテリア車1両、二等車「トゥリスタ (Turista)」5両の9両編成。タルゴ客車の車体長が短いことを考えると、実質的には普通客車4、5両分程度というところです。
一等車「プレフェレンテ」に乗車します。1+2の3列席です。横幅は広いですが、前後のシートピッチは二等車「トゥリスタ」と同じで、日本のグリーン車などと比べるとあまり高級感はありません。アルヘシラス出発時点では空席の目立つ車内ですが、この日の予約はすでにほぼ満席です。
カフェテリア車の車内。スペインではほとんどの長距離列車にカフェテリアが連結されています。あとで利用することにします。
少し前まで小雨も降っていましたが、天気が回復してきました。楽しい車窓が期待できそうです。終点マドリードまでの所要時間は約5時間半です。
列車はアルヘシラスを定刻に発車。遠くに英領ジブラルタルが見えます。
機関車も客車も最高速度200 km/h対応ですが、路線はカーブが多く、列車はゆっくりとしたスピードで進みます。カフェテリアでイベリコ豚のサンドイッチなど食べながら、車窓を楽しみます。
在来線区間は、全般的に美しい車窓が続きます。中でも途中のサン・ロケ=ラ・リネア (San Roque-La Linea) とロンダ (Ronda) との間は山越え区間となり、景色は特に秀逸です。
高速線との接続駅である、アンテケーラ=サンタ・アナが近づいてきました。正面に見える白い建物が軌間変換装置です。いよいよこの列車のハイライトである、軌間変換が始まります。機関車は軌間変換に対応していないため、ここで交換されます。また写真では見づらいですが、変換装置の向こう側には、標準軌用の電気機関車がすでに控えています。
まず列車は変換装置の前で一旦停車し、ここまで牽引してきた広軌用のディーゼル機関車を切り離します。ディーゼル機関車は変換装置横の側線に退避していきます。
変換装置に繋がる線路は、装置に向かって緩やかな下り傾斜が付けられています。機関車と切り離された客車は、ブレーキを調整しながら自重で坂を下り、変換装置の内部に向かって「自走」していきます。客車が変換装置を通過する際、機械的に車輪の幅が変換されます。先頭の客車が変換装置を通過したところで、出口に控えている標準軌の機関車と連結され、残りの客車は機関車に牽かれて変換装置を順次通過するという仕組みです。
変換装置の内部に掲示されていたアンテケーラ=サンタ・アナ駅周辺の配線図。赤線が標準軌で青線が広軌を示しています。変換装置は駅からやや離れた場所にあり、駅のホームで変換が行われる訳ではないので、列車は必ずしもこの駅に停車する必要はありません。実際、アルタリアの二往復のうち一往復は、当駅は通過扱いとなっています。
列車は高速線区間に入り、最高速度200 km/hで快走します。アンテケーラ=サンタ・アナへの到着時点で、すでにマドリードまでの所要時間の半分近くが経過していますが、距離的にはまだ4分の1程度しか進んでいません。
駅間距離が長い高速線では、途中に数か所の信号場が設けられています。高速線には様々な速さの列車が混在しているため、信号場で足の遅い列車の追い越しが行われます。実際、このアルタリアも一度だけ途中の信号場で停車し、後続の最高速度300 km/hのAVEに追い抜かれます。
終点のマドリード・プエルタ・デ・アトーチャ (Madrid-Puerta de Atocha) には、定刻から5分ほど遅れて到着。高速線区間での牽引機はシーメンスの「ユーロスプリンター」シリーズの252型電気機関車です。現在のスペインの主力機で、標準軌用と広軌用があります。標準機用は前照灯間に黒いラインが入れられ、また側面の帯はAVEと同じ紫とシルバーの二本となっています。
マドリード到着は夜の8時半。サマータイムのお陰でまだ空には明るさが残っています。5時間半という少々長い旅でしたが、快適な列車旅だったため特に疲れはありません。